海外旅行回想録(5) ー スペイン

はじめに

この記事のシリーズでは、三十数年前に行った色々な海外旅行の記憶をたどって思い出深い観光地の体験などを書いていきたいと思います。当時撮影した写真は長年の間にネガであれプリントであれ一部紛失したり傷んだりしましたができるだけ雰囲気は伝わるように掲載していきたいと思っています。

この記事ではスペインへの旅行の体験をご紹介したいと思います。

5.スペイン

海外旅行回想録(4) ー モロッコ」で書いたようにモロッコの観光を終えたあと、モロッコの宿泊場所であるカサブランカから観光バスで北にあるタンジールという港街へ向かいました。

そこからフェリーでジブラルタル海峡を渡りスペイン最南端のタリファまで1時間弱の船旅を楽しみました。

下にモロッコとスペインの地図(Google地図)を載せておきます。オレンジ色の線が観光バスのルートです。なお地図では港町がタンジェと表記されていますがタンジールのことです。

スペイン最南端のタリファから観光バスに乗って東方向のグラナダを目指しました。

スペインの南側の地中海沿いの道路を進みましたが、この付近はいわゆるコスタ・デル・ソル(太陽海岸)と呼ばれ年間平均気温が19度で晴れの日が300日以上というとても温暖な気候でヨーロッパだけでなく世界中からの観光客、移住者に大人気の場所だということです。

ところでこのコスタ・デル・ソルといえば1986年に日本の通商産業省が始めたシルバーコロンビア計画というものがあったことを覚えている方も多いと思います。

正式な名称は「シルバーコロンビア計画“92”-豊かな第二の人生を海外で過ごすための海外居住支援事業」でした。

当時日本ではバブル景気で経済が急速に豊かになり同時に円高も進んだので物価が安い海外では「2,000万円の退職金と20万円の年金があれば夫婦そろって豊かな第二の人生がおくれる」と言われていました。

日本政府の支援で定年退職後はコスタ・デル・ソルなどのような海外に移住しましようという高齢者夫婦向けの計画でした。日本村のような施設の建設も予定されていたようです。

ところが、海外からは「日本の高齢者の海外輸出だ」、「日本人は日本村に閉じこもって周りとなじめないだろう」などと不評を買い、また国内からは「高齢者のためにそのような税金を使うのはいただけない」とか、「現代の”姥捨て山”ではないか」などとまで言われて、1988年までにはシルバーコロンビア計画は頓挫してしまいました。

私たちがこの観光旅行でコスタ・デル・ソルを通過したのは1989年でしたのでこの計画中止の騒ぎがまだ冷めやらぬという頃でした。

それでも日本から何組かのシルバー夫婦がすでに移住してきたと言われていました。それらもろもろのことをニュースなどでよく見聞きしていたので、ここがその話題の中心になったコスタ・デル・ソル地域だということでとても興味深くバスの窓から外の景色を眺めました。

当時はお天気も良く、噂通り温暖で、風景も明るく輝いていて移住するのであればなかなか素晴らしい場所だと納得しました。

上の写真はコスタ・デル・ソル地域を通過する際に観光バスの窓から撮影した風景ですが、地中海を見渡す日当たりの良い小高い丘の中腹に、白壁と赤い屋根の可愛い集合住宅が立ち並んでいるのがわかります。

ヨーロッパや日本などから移住してきた人たちがこのような住居で悠々自適に第二の人生を謳歌しているのだろうと思いました。

シルバーコロンビア計画は途中で頓挫しましたが、当時日本では何度もメディアに取り上げられたので老後を物価が比較的安い海外で過ごすという面白い選択肢があるということが国民に広く知れ渡ったと思います。

実際そのころから日本では海外へ移住するシニア、またはロングステイを楽しむシニアが次第に増えてきていると言われています。

そのうちに観光バスはグラナダに到着しました。

白壁に赤い屋根の家が立ち並ぶ美しいグラナダの街並みです。

アルハンブラ宮殿

グラナダ市では世界的に大変な人気を誇る観光スポットで世界遺産であるアルハンブラ宮殿を観光しました。

アルハンブラ宮殿は宮殿と言いながら広さは周囲2Kmもあり約2,000名が生活していたという城塞都市でした。スペインにありながらイスラム教の建築・装飾を現代に残した貴重な遺産だそうです。

外観からは荘厳などっしりとした風格の姿を見せていますが、内部はとても繊細で緻密な装飾で溢れていました。

アルハンブラ宮殿の入口(左)と宮殿の中庭(中、右)

   

宮殿の中庭(左右)

ところでアルハンブラと言えばすぐに連想するのが世界的に有名な曲『アルハンブラの思い出』でしょう。

これはクラッシクギターの名手タレガによるギター独奏曲でトレモロという難しい演奏技法が駆使されています。タレガがこのアルハンブラ宮殿を訪れた際の印象、特に中庭の噴水の水音からインスピレーションを得て作曲されたと言われています。

クラシックギターをかじったことのある人であれば必ず練習で一度は挑戦したことがあると思われる定番の曲です。私自身も学生の頃その一人だったのでこのアルハンブラ宮殿の観光を楽しみにしていました。

この曲を思い出しながら宮殿の中をゆっくりと観光しましたが静かで壮麗な宮殿がヨーロッパ最後のイスラム教徒の砦で1492年についに陥落したという歴史と考え合わせると、哀愁に溢れたこの曲のイメージにとても合っていると感じました。

下にアルハンブラ宮殿から撮影した街並みの風景を3枚掲げておきます。

   

アルハンブラとは赤い城塞を意味するそうですが、上の写真を見ると、夕日に照らされた宮殿の壁が周りの白壁の家々の街並みと比べて少し赤みがかかって見えているのが良く分かります。

観光バスはアルハンブラを後にして次は古都トレドへ向かいました。

途中で崩れかけた古い石積の橋を見かけたので面白い風景だと思いカメラのシャッターを切りました。

トレド

トレドは中世の面影を残す城塞都市で、三方をタホ川に囲まれた小高い丘の上にある旧市街は世界遺産になっています。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の異文化の混合による多彩な宗教的建築物などがあり街全体が博物館のように美しい街になっています。

またスペインを代表するギリシア人画家のエル・グレコが活躍した町としても知られています。

観光ではガイドさん無しでは迷子になりそうな迷路のような石畳の道を散策し、教会など色々な建物を見学しました。あちらこちらでエル・グレコの絵を鑑賞することができました。

マドリード

マドリードはスペインの首都で300万人を超える人口を抱える大都市です。観光バスがマドリードの街に入ると多くの人が行き交うとても賑やかな風景になりました。

マドリードではマドリード王宮、プラド美術館、マイヨール広場などの観光名所を訪れました。

マドリード王宮

この王宮はスペイン国王が1931年まで住んでいたヨーロッパ最大の床面積を誇る豪華な宮殿です。何とベルサイユ宮殿やバッキンガム宮殿の2倍の広さがあると言われています。

元の宮殿が火災で焼失してしまったのでフランスのベルサイユ育ちのフェリペ5世の命により1764年に再建されたものだそうです。

このためにベルサイユ宮殿のイメージで建築されたようで特に「王座の間」はベルサイユ宮殿の鏡の間を模して造られたといわれています。

ネオ・クラシック様式の建物の外観、豪華絢爛な部屋、多くの絵画、見事な天井画など見所満載です。

   

「王座の間」の天井画(左)と「饗宴の食堂」(右)

「王座の間」の天井画はこの宮殿で最も有名なもののようです。また見事な内装の「饗宴の食堂」は150名収容のロングテーブルに煌びやかなシャンデリアが輝いていました。

ただ右上の「饗宴の食堂」の写真のように、当時はロングテーブルには椅子が全く見当たりませんし、テーブルの上にも何も置かれていませんでした。何かの理由で一度椅子などを片付けていたのだと思われます。

私たちがこの宮殿を訪れたのは約30年前でしたが、当時は上の写真のようにある程度自由に部屋に入って行って写真撮影をすることができました。しかし現在では上のような豪華な部屋の写真撮影はすべて禁止されているようです。

たっぷりと時間をかけて豪華絢爛なマドリード王宮の見学を楽しみました。

プラド美術館

今回のスペイン旅行で最も楽しみにしていたのはプラド美術館への訪問でした。

プラド美術館は世界三大美術館の一つに数えられることが多い素晴らしい美術館です。そもそも世界の四大美術館(博物館)は次のような場所が挙げられることが多いです。

①ルーブル美術館(フランス・パリ)

②プラド美術館(スペイン・マドリード)

③メトロポリタン美術館(アメリカ・ニューヨーク)

④エルミタージュ美術館(ロシア・サンクトペテルブルク)

上の内ルーブル美術館は常に世界三大美術館としてエントリーするようですが、他の3つは色々と入れ替わるようです。

世界の素晴らしいコレクションを展示している色々な美術館・博物館を訪ねるのは海外旅行の大きな楽しみの一つです。

私は現在までに、ルーブル美術館には3回、メトロポリタン美術館には5~6回、プラド美術館には2回訪れたことがあります。またこれらのような世界トップレベルの美術館以外にも例えばイタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館などもちろん他にも素晴らしい美術館はたくさんあります。

美術館では展示室内では絵画などの撮影が許されていてもフラッシュや三脚は禁止というところがほとんどですのでうまく写真撮影するのはなかなか難しいです。この時も何とか頑張って何枚かの気になった絵画の写真を撮ってきました。

下の2枚はイタリアやスペインで活躍した画家エル・グレコの作品です。

    

エル・グレコ作の「キリストの磔刑」(左)と「受胎告知」(右)

エル・グレコの絵はその時代の他の画家の絵とはタッチがかなり異なり、まるで現代にあるような「劇画調」の雰囲気が特徴的です。

キリストの磔刑(左上)の絵はよく見ると上下2枚の絵が継ぎ合わされています。昔はよくあったようですが、この絵も売買の都合で1枚の絵を2枚に分割して別々に売ったためでしょうか。

次の絵は17世紀バロック最大の巨匠であるペーテル・パウル・ルーベンスの2作品です。

   

ルーベンスの「三美神」(左)と「鍛冶屋」(右)

ルーベンスはドラマチックで劇画風の肉体美の表現が特徴的で女性の肉体の豊満さ、男性の筋骨隆々の筋肉美が際立っています。

次の写真は日本でもお馴染みの2枚の対になった絵画です。近代絵画の創始者の一人として知られるスペインの巨匠フランシスコ・デ・ゴヤの作品です。

   

ゴヤの「裸のマハ」(左)と「着衣のマハ」(右)

同じモデルの同じポーズでマハの絵が2種類あるのが不思議です。

当時のスペインの宰相の依頼で描かれたと言われていますが「裸のマハ」(左)のほうが先に描かれたそうです。

描かれた時代には、このような生々しい女性の裸の絵は世間には受け入れがたく、結局裁判にもなったそうです。そこで同じ人からの依頼で数年後にカモフラージュのために「着衣のマハ」(右)を描いたという説が有力のようです。

その宰相は自宅にこれらの2枚の絵を飾り、普段は「着衣のマハ」が見えるようにしておいて必要に応じて「裸のマハ」が現れるような仕掛けを施していたと言われています。

とにかく現代まで種々の憶測が絶えない作品になっています。

次の絵はゴヤの「自画像」とバロック期のスペインの画家バルトロメ・エステバン・ムリーリョ作の「善き羊飼い」です。

   

ゴヤの「自画像」(左)とムリーリョの「善き羊飼い」(右)

上の2枚の絵画も昔学校の美術の本などで何度か見た記憶があります。

ムリーリョの「善き羊飼い」(右)は子供の愛くるしい表情の表現が素晴らしく、疫病で亡くした自分の子供達を愛しむかのような優しさに満ちた穏やかな作品になっていると思います。実際ムリーリョは子供をモチーフとした作品を多く描いています。

次の作品は世界的にあまりにも有名なスペインの画家パブロ・ピカソの「ゲルニカ」です。

この作品はスペイン内戦中のナチス・ドイツによる1937年のゲルニカ爆撃を主題とした作品で、縦約3.5m、横約8mに及ぶかなり大きな作品です。

私たちが訪れた時はまだこの絵はプラド美術館に展示されていました。現在はマドリードのアトーチャ駅近くのソフィア王妃芸術センターに展示されているそうです。プラド美術館の前はニューヨーク近代美術館(MOMA)にあったそうです。

この絵は爆撃の悲惨さを訴える絵ですが、あえてモノトーンで描くことにより却って強烈な印象を与えています。ピカソの作品の中で最もわかりやすいものだと思います。

プラド美術館で最初にこの絵と対面した時は軽いショックを覚えました。一時この絵の前で立ち尽くして見入ってしまいました。20世紀の偉大な絵画と言われるだけあってやはり見るものを圧倒します。

反戦のシンボルとして世界中の人々に影響を与え続けている作品ですが、30数年前もそうでしたが、現在でも世界中から鑑賞に訪れる人の列が絶えないということです。

観光した当時この絵を見ることができて、スペインのマドリードまでわざわざ来たかいがあったと思ったほどです。

最後に

スペインはかつてスペイン帝国時代に「太陽の沈まない国」と言われていました。16世紀後半、フェリペ2世の時代に世界各地にたくさんの領土を持つ大帝国となったからです。

中世を舞台にした映画やドラマにはスペイン軍、スペインの宣教師、スペインとイギリスとの戦いなどの場面が良く登場してきます。また世界中で多くの人がスペイン語を話せます。

このような事情でスペインは以前からとても興味のある国の一つでした。

今回のスペイン観光では、スペイン帝国時代の遺産を引き継ぎながら近代化されてきた様子を肌で感じることができました。

スペインと言えばバレンシア地方発祥の料理パエリアが有名で世界的な人気料理となっています。

日本でも幼少のころから時々食べる機会があり、今ではとても好きな料理の一つになっています。今回のスペイン旅行ではもちろん本場のパエリアを何度かおいしくいただきました。私は特にムール貝、イカ、エビなどシーフード満載のサフラン入りのパエリアが最も好みです。

またスペインでのディナーでのお飲みものとしてはサングリアが有名です。これはフレーバー付きのワインですがその色合いと風味がとても魅力的です。旅行中このサングリアもたくさんおいしくいただきました。

ところで観光中街の様子を見ていて面白いことに気が付きました。人々がバスや電車に乗るときに日本のように乗車口にきちんと列を作って並ぶという習慣はないようです。いつも団子状態で乗り込んでいました。

これはやはり個人に対して色々と制限・強制されることを好ましく思わず、あくまで自由を尊重するという精神の表れだと逆に感心しました。

今回のスペインへの観光旅行は、古い街並み、建物、装飾、絵画そして料理やお酒など幅広く色々と楽しめてとても充実した旅になりました。

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