はじめに
この年末年始に家族で4泊7日の日程でオーストラリアへ観光に行ってきました。
一番の目的はシドニー湾で開催されるカウントダウン花火の鑑賞でした。例年世界中から多くの人を集める一大イベントで、2022年にはなんと世界中から160万人が集まったとのことです。
オーストラリアは世界の多くの国々より最も早く年が明ける国の一つで、日本より2時間も早く新年を迎えます。そのためにここのカウントダウン花火は世界中にライブ配信され、また各国の新年の朝のニュースでよく取り上げられるほど有名になっています。
実は2020年~2021年の年末年始にこのシドニーのカウントダウン花火をみるために2020年の1月上旬にはホテルとクルーズ船の予約と支払いを済ませていました。ところがその年の2~3月から日本国内で新型コロナが広まり始め、今後さらに広がることが確実だという状況を確認し結局6月に年末年始のシドニー旅行を中止せざるを得ませんでした。
その時クルーズ船を予約していたキャプテンクック・クルーズ社は規定では予約はすべてキャンセル不可でした。しかし新型コロナのパンデミック状況と日本からの海外旅行が制限された旨をメールで伝えたら直ちに料金を返却してくれました。とても理解のある良心的な会社だと思います。
今回の旅行は新型コロナが収まって4年ぶりにようやく実現することとなり、改めてキャプテンクック・クルーズ社のクルーズを予約できたのでとても感慨深い旅行になりました。
今回の旅行ではカウントダウン花火の鑑賞のほか次のようなアクティビティを楽しみました。
ーシドニー市内観光と世界遺産ブルーマウンテン観光
ー世界の住みやすい街No.2のメルボルン市内観光と世界で最も美しい海岸道路グレートオーシャン道路観光
ー機関車トーマスのモデルになったオーストラリア最古の蒸気機関車パッフィンビリー乗車観光
またグルメとしては、タスマニア産ロブスター刺身料理、オーストラリアの国民的料理ミートパイ、メルボルンで大人気のホットドッグなどを楽しみにしていました。
自分自身はオーストラリアには3回目の訪問でしたが、家族は1~2回目でしたので市内観光もゆっくりと楽しむことにしました。
フライトは羽田~シドニー間国際線とオーストラリア国内線は、安全性で世界トップレベルの実績を誇るカンタス航空を利用しました。
今回の旅行の旅程は、下のGoogle地図にあるように、まず羽田を出発しシドニーに到着した後シドニーに2泊し市内観光、シドニー湾で開催されるカウントダウンイベント、郊外のブルーマウンテン観光を楽しみました。
その後シドニーから飛行機でメルボルンへ移動し、こちらもホテルに2泊し、メルボルン市内観光、グレートオーシャン道路、および蒸気機関車パッフィンビリーの乗車観光を楽しみました。その後シドニー空港を経由して羽田へ戻ってきました。羽田~シドニー間は往復ともに夜出発して朝に着くというフライトでしたので10~11時間かかる移動中はほぼ睡眠時間にあてました。
下の地図の青色の線は航空機での移動を示しています。地図で見るとシドニーとメルボルン間は短い距離に見えますが、710kmも離れていて東京~大阪間の約1.7倍の距離があります。オーストラリア大陸の広大さが分かります。
年末年始はオーストラリアでは真夏ですが、それほど暑くはなくまた日本と違って湿気が少ないので、滞在中はほとんど好天に恵まれたこともあってとても快適に過ごすことができました。ただし紫外線が強いので顔や腕はかなり焼けました。
旅程1日目
羽田空港ではカンタス航空がワンワールドに加盟しているのでJALのラウンジを使うことができました。またJALのマイレージも獲得することができます。ラウンジではおなじみのJALカレーとサラダで軽くおなかを満たして羽田空港を夜遅くに出発するカンタス航空の便に搭乗しました。機内食は乗ってすぐと着陸前とで2回出されます。
下の写真は初めて搭乗したカンタス航空のビジネスクラスの座席の様子です。当日はほぼ満席の状態でしたが、日本人の乗客はあまり乗っていないようでした。
収納箇所が多いのでとても便利でまたフルフラットベッドもとても快適でした。日本系航空会社とは違ってスリッパの提供がないのは残念に思いました。しかし持ち帰りができる寝巻(パジャマ)が配布されました。また朝食は色々な食べ物や飲み物を一品ずつ細かく注文できるようなシステムになっていて自分好みにアレンジできたのはとても良かったと思います。味については会社として最近改良の努力をしているそうですが、まずまずというところでした。
旅程2日目
翌日の朝にシドニー空港へ到着しました。
この日は2024年の大晦日で、昼間に市内観光をして夜はディナー付きのクルーズ船に乗って2025年を迎えるカウントダウン花火を鑑賞する予定でした。
空港からまずダーリング・ハーバーのホテルへタクシー(13 Cabという大手の会社)で行きましたが、空港の正式なタクシー乗り場から乗ったにもかかわらずしっかりとボッタクられてしまいました。当日は年末年始の一大イベントを控えた大晦日で海外からの旅行客だということが理由だったと思います。普通は6,000円程度のところを12,000円ほど請求されました。
市内観光でもタクシーに何度か乗ることを予定していましたが、いきなりこのような不快なことがあったのですべてやめてトラムを活用しました。ほどほどに歩き、また運賃はクレジットカードのタッチ決済という最新で便利なシステムになっていたのでとても快適・簡単にトラム(下の2枚の写真)を楽しむことができました。電停で乗る前に1回(Tap on)、降りたらまた1回(Tap off)と合計2回タッチ決済をすればOKです。
当日はシドニーに150万人ほどの観光客が集まるということで、市内の交通規制が早朝からかけられていて、カウントダウンイベントが迫るにつれて段階的に通行禁止の交通規制の範囲が広くなっていきました。そのために当日午後からは実際にはタクシーはあまり役立たず、規制がかからないトラムを使うのは大正解でした。
ご参考までに2024年度の大晦日のシドニーの交通規制のマップのURLを下に掲載しておきます。多分来年度からもほぼ同じような規制がかけられると思います。このURLはいずれ無効になると思いますがその時はご容赦ください。
NYE2024 Road Closures and Special Event Clearways map
市内観光ですが、まずミセス・マッコーリーズポイント(Mrs Macquarie’s Chair) へ行き次にオペラハウスへ行く予定でしたが、両方ともにカウントダウン花火の大人気の見学会場になっていて昼間から自由には出入りができないようになっていました。
そこで最初にトラムでオーストラリア最初の港であり、現在も観光や交通の要衝であるサーキュラーキー(Circular Quay)へ行くことにしました。左下は港からハーバーブリッジを見渡した風景です。当日港は多くの観光客でごった返していました。
港からハーバーブリッジ方面へ散策していくと、下のようにあちらこちらで花火鑑賞の区画が設けられていてまだお昼頃でしたがすでにたくさんの人でぎっしりと埋まっていました。
団体ツアーではおなじみのハーバーブリッジの麓からみた景色です(下の写真)。
このあたりの花火見学の区画(有料や無料あり)では朝の7時に特設ゲートが開かれるので、ここで花火を見る人たちはなんと17時間も待たされることになります。周辺にはフードトラックや仮設トイレがたくさん準備されているので何とかなるとは思いますが、それなりの忍耐が必要なようです。
下の3枚の写真には、少しわかりにくいですが港周辺に多くの人がすでに所狭しと陣取っている様子が写っています。下の2枚目の写真がもっとも人込みの様子が分かりやすいと思います。
後日メルボルンの現地ツアーで一緒になった日本人家族もこのあたりで花火を待っていたそうですが、夜は気温が予想以上に冷え込んでしまい、重ね着の衣服を準備していなかったので寒さに震えながらの見学になったそうです。
サーキュラーキーの散策の後はオーストラリアで最初に開拓された街であるザ・ロックへ観光に行きました。港からは徒歩で簡単に回れる範囲になっています。下はザ・ロックで最も有名な プレイフェア通りの入り口付近です。
下の写真はプレイフェア通りの反対側の入り口付近の様子です。左側に写っているように昔の人の形をくりぬいたようなモニュメントが印象的でした。
プレイフェア通りを散策しましたが予想に反してあまり観光客がいませんでした。多分今日は皆さんカウントダウンイベント関係の場所へ行っているのだと思いました。
プレイフェア通りの入り口付近からは歩いて1~2分のところに有名な観光スポットであるアーガイル・カット(Argyle Cut)があります(下の写真)。
アーガイル・カットは、その昔イギリス本国から流刑でオーストラリアに連れてこられた囚人たちがノミとハンマーだけで手彫りで24年かけて作ったトンネルです。長さが約100mで幅が約15mあります。現地では壁にノミの後がたくさん残っていました。このあたりは「ザ・ロック」という地名になっているように昔は岩だらけだったようです。
ザ・ロックの散策を終えた後はまたトラムに乗ってクイーン・ビクトリア・ビルディング(Queen Victoria Building)へ行きました。下の写真の左側の荘厳な建物で、電停のすぐ目の前にあります。
この建物は1898年に英国国王ビクトリア女王の即位50周年を記念して建てられたショッピング・アーケード(下の写真)です。ロマネスク様式の半円形のアーチ、玄武岩の茶色の外装、階段の大理石のモザイクタイルなど豪華なつくりになっています。内部は明るくとてもお洒落でショッピングなどゆっくりと楽しめる空間になっていました。
クイーン・ビクトリア・ビルディングを後にして、次はダーリング・ハーバーにかかる歩行者専用のピアモント橋(Pyrmont Bridge)を渡り、オーストラリア国立海洋博物館 (Australian National Maritime Museum)まで歩きました。
下の写真2枚はピアモント橋の上から見たダーリング・ハーバーの風景です。
ピアモント橋を渡ってすぐ右側に行くとオーストラリア国立海洋博物館の立派な建物が見えてきます(下の写真)。オーストラリアに関わる航海、貿易、海軍の歴史などに関する展示や上映フィルムが観賞できます。またうれしいことに実物の船や潜水艦の内部の見学などを楽しむことができます。船や海軍に関心があるマニアには外せない観光スポットだと思います。
キャプテン・クックが太平洋を探検したときに乗船した「エンデバー号」が復元されていました(下の写真)。甲板だけでなく、甲板から綱を伝って狭くて暗くて急な階段を降り、船底の色々な部屋を隅々まで見学することができました。中には腰をかなりかがめないと移動できないような天井が低い部屋もあり当時の船での生活を垣間見ることができます。
右下は食堂のようです。テーブルの上には鍋や食器が並べられていました。
次に潜水艦の見学をしました(下の写真)。昔実際に使われていた潜水艦で内部に入って色々な部屋を説明付きで見ることができます。
この潜水艦は、オベロン級潜水艦(HMAS Onslow)で、1969~1999年の30年間にわたりオーストラリア潜水艦隊6隻の1隻として運用されていたそうです。高速性、ステルス性、耐水性にすぐれており、ディーゼルエンジンで発電されてバッテリーに蓄えられた電気によって一回に6週間海に潜っていることができたそうです。
左下は潜水艦の先頭部分の魚雷発射管が6つ並んでいる場所です。このすぐ近くには魚雷が全部で24本収納されていましたが、そのすぐ横には船員のベッドが所狭しと並んでいました。潜水艦の内部はとにかく狭いので空間を有効活用しているのだと思いました。右下は各部屋を仕切っている丸いハッチ部分で、潜水艦が攻撃を受けて一部海水が浸水すると沈没を避けるためにこれらのハッチが閉められて浸水した部屋を隔離していたものと思われます。
下は映画などでよく見かける潜望鏡が設置された司令所の様子です。潜望鏡は実際に覗いて外の景色が拡大で見えるようにセットされていました。
左下は敵の潜水艦や軍艦を索敵するための音波探知装置などが並んだ部屋だと思われます。右下はエンジンルームです。発電のためのディーゼルエンジンが並んでいます。
この潜水艦は乗員が約60名だったと言われていますが、狭い空間を有効活用するように各部屋や設備が極めてコンパクトに作られていました。見学で30分ほど艦内に滞在しただけでかなりの圧迫感を感じるような狭さでした。
最後に訪れたのはオーストラリア海軍最後の駆遂艦となった「HMASバンパイア(HMAS Vampire)」です(下の写真)。
船が大きすぎて全体がカメラにうまく収まらなかったので下のミニチュアも撮影しました。
下は甲板に設置された大砲(右)と機関砲(左下)の様子です。この種の大砲は船首に2門と船尾に1門あり、また機関砲は右舷・左舷に2門ずつ配置されていました。
左下は砲塔の下にあり、砲弾を供給して大砲に込めるための装置がある部屋です。右下は機関砲の弾の展示です。
下は司令塔の内部の様子です。有事の時はここに船長や指揮官が集まって各部署に指令を出していた場所です。
この駆逐艦も甲板やたくさんの部屋を見て回れるようになっていましたが、先ほど見た潜水艦と違って空間にかなり余裕があるので士官室、乗員室、食堂、調理室、トイレなどがとても広く感じられました。
艦内では太平洋戦争を扱った何種類かのビデオが流されていました。多くは海上での交戦中の映像でした。もちろん敵は大日本帝国海軍です。
ハワイのパール・ハーバーにある戦争博物館、昔の空母を改装したニューヨークにある戦争博物館なども過去に訪れたことがありますが、やはり日本人ということで多少は緊張してしまうものです。
ところでこの海洋博物館では各所でかなりご高齢のシニアの方々が案内や解説を丁寧にしてくださっていました。多分ボランティアの方々だと思われます。オーストラリアでもボランティア活動がとても盛んに行われていると認識しました。
海洋博物館の見学を終えた後、観光客でとても混雑しているダーリング・ハーバーの海岸通りを散策しました。夕方になり小腹がすいてきたので2~3種類のキッシュを買って海沿いのベンチでいただきました。
その後、すぐ近くのホテルへ歩いて戻り、お昼にフロントに預けていたスーツケースを受け取ってようやく部屋へ入りました。歩数計を見たら半日の市内観光で2万歩をはるかに超えていました。シドニー湾カウントダウン花火クルーズは夜7:00に港の乗り場に集合でしたのでそれまで部屋でゆっくりと過ごしました。
この旅行記は「年末年始に家族でオーストラリア旅行(2)」へ続きます。